これは参考にならない記事かもしれない。
ハウツーもない。数字もない。節税の話もない。ただ、独身で7000万円の家を買った人間が感じた孤独を、そのまま書く。
同じ状況にいる人に届けば、もしくはこんなやつもいるんだと笑ってくれたらいい。それだけだ。
物件を探しているとき
最初の孤独は、物件探しの段階から始まった。
どの駅がいいか。どんな間取りがいいか。予算はどこまで伸ばせるか。資産性はどうか。夢は膨らんでいく。だがその夢を、誰かと共有できない。
現実と向き合うことも必要だが、それも同じだ。
SUUMOを眺めながら「この物件どう思う?」と聞ける相手がいない。静かに一人でスクロールし続けた。
お金のことを考えるとき
金利や住宅ローンについて、最初は本当に何も知らなかった。
固定金利と変動金利の違い。団信とは何か。諸費用はどこから出るのか。全てをゼロから一人で調べた。誰かに聞けばすぐ解決することも、それぞれの家庭で条件が違い、聞きにくいこともある。幸い今の時代は情報量に困ることはない。だが、何が正しいのか、どれが合理的なのかだけを考えながらひたすら検索して、一人で咀嚼していった。
正解はわからない。だから自分の計算と価値観を信じるしかなかった。それが正しいかどうかを確認する術はなかった。
不動産屋を訪れるとき
初めて例のあの会社の営業所を訪れたとき、気づいたことがある。
一人で来ている客が、毎回ほぼ私だけだった。
賃貸の不動産屋とは雰囲気が違う。夫婦で来ている組、親と一緒の組。皆、誰かと話し合いながら営業の話を聞いている。
私は一人で営業トークを受け続けた。流されないように、自分の判断軸を見失わないように、必死だった。
物件を実際に見に行くとき
内見に行っても、本音で話し合える人はいない。
「ここいいね」「でもここがちょっと…」そういう会話ができない。営業はポジティブな話しかしない。それが仕事だから当然だ。時折挟む世間話やお世辞はすべてこちらに買わせるための彼らの攻撃(スタンド(幽波紋))だ。
彼らは嘘をついている訳ではない。事実ベースで情報を教えてくれているかもしれない。ただ、「この土地は上がりますよ」「部材はどんどん高くなります」など現時点でそうなってきた事実が今後も続くことが確定しているかのような楽観的な、都合の良過ぎる論理で誘導されることもある。
気に入った物件を前に「欲しい」という感情が先行する中で、営業マンの言葉はそれに拍車をかけてくるが、絶対に悲観的なケースも常に想定しなければならない。
自分の感覚だけが頼りだった。判断を狂わせないように、静かに、冷静に物件を見続けた。
予算のシミュレーションをするとき
物件を探す中で、当初の理念から外れそうになる瞬間が何度かあった。
「もう少し予算を上げれば、もっといい物件がある」「この条件なら予算を妥協してもいいか」そういう思考が忍び込んでくる。
Excelを開いて、数字を並べ直した。何度も。誰かに「それで大丈夫だよ」と言ってもらえれば楽だった。だが正解は自分で出すしかなかった。
「買う」と宣言した瞬間
契約の申し込みをする瞬間、身体中が震えた。
人生で最大の決断だった。当然だが、それを一人でした。
「本当にこれでいいのか」という問いに答えてくれる人は誰もいない。自分で出した答えを、自分で信じるしかなかった。
ローン申し込みと書類準備
一人でのローン申し込みは、想像以上に大変だった。
何をすればいいかはサポートがある。だが基本は手探りだ。書類の不備、期限の管理、銀行とのやり取り。全部一人でこなした。私しかいない。
私の周囲でひとりでローンを組んだ人間はおそらくいない。経験者に聞くこともできなかった。ペアローンで家を購入していた知人は当然いたが、それぞれ収入も物件も異なると思うと、詳しく相談をしてもらう気になれなかった。
「どうして一人で家を買うの?」「ローン返していけるの?」そう訊かれるのが嫌だっただけかもしれない。
住宅設備説明会・入居相談会
これが一番視覚的に孤独を感じた場面だった。
会場には夫婦か親子の家族連れが並んでいる。子どもは大人しくその場にいるか、走り回っている。夫婦で真剣に相談している。親が子どもにアドバイスをしている。
私はその横で、一人で営業マンたちからの提案、勧誘の中から、本当に私に取って必要な、合理的な情報だけを引き出そうとしていた。
誰も私を変な目では見るようなことはない。ただ、その空間の中で自分だけが違う種類の人間であることを、静かに感じていた。
内覧会
平日限定であったが、友人が都合をつけて来てくれた。本当に助かった。
だが仮に一人だったらと思うと、ぞっとする。3階建ての家で不備を探し、是正を依頼し、ものによっては交渉する。それを一人でやれば、必ずどこかで判断が甘くなる。指摘し損ねた箇所も増える。
一人であることの苦労を、内覧会で一番強く感じた。
引き渡しの日
鍵を受け取った。
嬉しかった。それは本当だ。だが同時に、この瞬間を分かち合える人がいないことに気づいた。
人生の新しい章が始まる瞬間を、一人で迎えた。静かだった。
だだ、私の求めていた平穏な生活を手に入れることができた。
引越し後
業者に頼んだ引越しが終わった後日、なんどか大型家具や組み立て式の重たい家具を一人で2階のリビングに運んだ。
階段で全ての力を振り絞った。新築をこんなことで傷つける訳にはいかない。誰も手伝ってくれない。当然だ。そんな気楽になんども頼めるような相手はいない。
新生活の孤独
これは今も続いている。
20畳のリビング。ダイニングテーブルで一人で食べる夕食。食器のぶつかる音が時折するだけだ。
この瞬間が間違いなく一番孤独だ。賃貸の1LDKに住んでいたときには感じなかった種類の孤独だ。広さが、静けさが、孤独を増幅する。
わかってはいた。わかっているつもりだった。
だが実際に住んでみて初めてわかった。孤独とはこういうものかと。
確定申告。そしてこれから
初めての確定申告は、AIを活用して乗り越えた。思っていたより申請自体は容易だったが、書類準備は判断に迷い、わからない点も多く苦労した。
これから固定資産税の請求が来る。ローンの返済が続く。ローン成立からすでに2回目の金利上昇の通知が来ている。金利のニュースが流れるたびに、一人で受け止める。
このプレッシャーを共有できる相手は、いない。
それでも私は後悔していない
長々と孤独の話を書いた。
だが誤解しないでほしい。後悔はしていない。
孤独は不幸ではない。一人であることは、弱さではない。全ての判断を自分でしたということは、全ての結果が自分のものだということだ。
7000万円の家が、私のものだ。誰かと共有しているわけではない。
その静かな事実が、今は孤独を上回っている。
この先何が起きるかはわからないが、ここまでは頗る上手くいっている。
この『独身4LDK』… 自分で常に思うんだが、強運で守られてるような気がする。そして細やかな「気配り」と大胆な「行動力」で対処すれば… けっこう幸せな人生をおくれるような気がする…クックックックッ
次の記事では、余った部屋たちの話をする。4LDKの住宅に一人で住むとはどういうことか。



コメント